平成19年(オ)第1370号
平成19年(受)第1603号

決    定

                当事者の表示    別紙当事者目録記載のとおり


 上記当事者間の東京高等裁判所平成18年(ネ)第1635号損害賠償請求事件について,同裁判所が平成19年6月21日に言い渡した判決に対し,上告人兼申立人らから上告及び上告受理の申立てがあった。よって,当裁判所は,次のとおり決定する。

主    文

本件上告を棄却する。
本件を上告審として受理しない。
上告費用及び申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。

理     由

1 上告について
 民事事件について最高裁判所に上告することが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,違憲及び理由の不備・食違いをいうが,その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって,明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。

2 上告受理申立てについて
 本件申立ての理由によれば,本件は,民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。
 よって,上告受理申立てについて裁判官宮川光治の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
 裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
 私は,本件は,民訴法318条1項の事件に該当すると認められるので,これを上告審として受理すべきものと考える。その理由は,次のとおりである。
 本件は,中国残留婦人である申立人ら3名が,国策移民として満州(現在の中国東北地方)に移住していたところ,第二次世界大戦の終盤におけるソ連軍の参戦以降の混乱の中で難民となり,その後30年以上にわたり中国に取り残され,日本に帰国した後も自立のための十分な支援措置を受けられなかったことについて,相手方において,@申立人らの早期帰国を実現する義務があるのに,これを怠り(早期帰国実現義務違反),また,A帰国後の申立人らに対し十分な自立支援措置を構ずる義務があるのに,これを怠り(自立支援義務違反),さらに,B帰国した中国残留邦人の自立支援のために金員給付等の立法をする義務があるのに,これを怠った(立法不作為の違法)ため,精神的損害を被ったと主張し,国家賠償法1条1項に基づき,相手方に対し,慰謝料等の支払を求めている事案である。
 原判決は,相手方は中国残留邦人の帰国実現のために種々の政策を講じ,また,帰国した中国残留邦人に対し日本語教育,就労支援,生活指導及び住宅斡旋等種々の自立支援策を講じてきているところ,それら立案,実行及び運用は著しく合理性を欠くものとはいえず,相手方に政治的責務の著しい懈怠があったとはいえない,また,申立人らの主張の自立支援策を立法することに関し国会議員に対する憲法上の請求権が認められるとはいえないとし,いずれについても,国家賠償法上の違法は認められず,申立人らの請求は理由がないとした。
 しかしながら,原審の確定した事実関係によれば,申立人らは,危険であることの事前告知及び危険発生時の保護策の立案もないままに国策により大量に移民させるという政府の先行行為により,申立人●●○子については終戦時16歳,同××○子については13歳,同△△△○子については11歳という年齢で,暴民の襲撃やソ連軍の攻撃にさらされながら逃避行を続け,家族とは離散・死別し,極寒の地に生死をさまよう等の過酷な体験を経て中国に取り残されたこと,帰国を強く希望しながらも実現するまで三十数年間から40年間の長きにわたり日本人が不在で日本語の情報も全くない環境に事実上放置され,日本語の能力と日本の社会習慣・生活習慣を身につけることができず,その結果,日本社会において自立して生活し,労働する能力がないままに,申立人●●○子については昭和53年に49歳で,同××○子については昭和60年に53歳で,同△△△○子については昭和63年に54歳で,それぞれ永住帰国した事実が認められる。
 このように申立人らが日本社会で自立して生活し,労働することができない状態で帰国することを余儀なくされたのは,政府自身の先行行為の結果というべきであり,政府関係者は,特別な立法によらずとも,条理により,申立人らが日本社会で自立して生活するために必要な支援策を構ずべき法的義務があったと解する余地がある。また,その支援義務の内容としては,日本語の修得の援助,就労支援,職業訓練及び自立までの生活保持のための生活保護制度・年金の弾力的適用等が考えられるところ,本件においては,これらが早期にかつ適切に行われたか否かについて議論の余地がある。
 その後,平成19年12月5日に公布された「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関する法律の一部を改正する法律」(平成19年法律第127号)により,国民年金保険料の全額国庫負担,新生活給付制度,住宅補助制度及び医療補助制度等の支援策が実現したが,同法による給付の実現開始時点では,申立人●●○子は既に79歳,同××○子は76歳,同△△△○子は75歳という年齢に達しており,それまで永住帰国後約30年,23年,21年もの長きにわたり上記のような支援を受けられなかったことに関し,国家賠償法上の違法があるか否かについて議論の余地がある。
 したがって,申立人らの上告受理申立て理由のうち,第3章第7及び第4章第6(自立支援義務違反をいう部分)は,法令の解釈に関する重要な事項を含むから,上記部分につき,事件を上告審として受理して,この点に関する判断を示すべきである。

平成21年2月12日
  最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官

宮  川  光  治

裁判官

甲斐中   辰  夫

裁判官

涌  井  紀  夫

裁判官

櫻  井  龍  子